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軍拡競争か戦略安定か

米のINF条約離脱
 やや旧聞となるが、トランプ米大統領が10月20日、冷戦時代に旧ソ連(現ロシア)と結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱と、これに伴って新型核兵器の開発に着手する方針を明らかにした。条約離脱は、ロシアだけでなく、中距離ミサイルの開発に取り組む中国との軍拡競争を招く可能性が強く、わが国を取り巻く安全保障環境にも大きな影響を与えずにはおくまい。

 トランプ氏のINF条約離脱表明を受けて、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)がその直後にロシアを訪問し、プーチン大統領らに米国の方針を伝えた。当然、ロシア側は強く反発しているが、同時に「(米国との間で)戦略的安定に関する新たな条約の締結を探る」(ラブロフ外相)として、核・ミサイルの軍備管理に関する対米協議を模索する立場も示しており、11月の米ロ首脳会談でのやりとりが当面の焦点となる。

 INF条約は1987年に締結されたが、米国は近年、ロシアが合意事項に反して中距離核戦力を開発し、欧州諸国の安全を脅かしていると非難。また、米国だけが条約に縛られて身動きが取れない一方で、中国とロシアは核戦力を増強しているとして不満を募らせていた。現在、米国の駐韓国大使を務めるハリス前太平洋軍司令官は在任時の昨年4月の議会公聴会で、「INF条約は、中国や他国の巡航ミサイル、地上発射型のミサイルへの対抗力に制限を課している。条約を再考すべきだ」と証言し、対抗するにはINF条約からの離脱が必要と主張していた。マティス国防長官も同様の見解だ。

 米国はオバマ政権時代にも、ロシアによる巡航ミサイル発射実験をINF条約違反だと認定したが、条約離脱には踏み切らなかった。トランプ氏の方針は、条約離脱が持論だったボルトン大統領補佐官ら政権内の対外強硬派の主張に基づくものだ。2002年のブッシュ共和党政権による弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約脱退は、当時、国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)だったボルトン氏が主導したといわれており、今回と同じ構図が見て取れる。

 筆者はまだ若い特派員だった時代、欧州に駐在し、当時の米ソ両国のINF全廃条約交渉と1987年12月のレーガン、ゴルバチョフ両首脳による条約調印など一連の動きを現場で取材した経験があり、今回のトランプ氏による同条約離脱表明の報に接して、この歴史的条約も大きな役割を終えたのだと感慨を新たにした。

 ロシアのプーチン大統領はイタリアの右派新政権のコンテ首相とモスクワで会談した後の記者会見で、米国が新たなミサイルを欧州に配備した場合は「同様の対応を取らなければならない」と警告。さらに、新たなミサイルの配備を受け入れた欧州諸国を「報復攻撃の脅威にさらす」と踏み込んだ発言を行った。先のラブロフ外相発言と併せ、クレムリンによる硬軟両様の米欧同盟に対する脅しや揺さぶりが強まりそうな雲行きだ。

伊藤 努(外交評論家)

 

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