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混迷を招く独自和平案

米の中東政策
 トランプ米大統領がかねて「世紀のディール(取引)」と喧伝してきたパレスチナ紛争の解決に向けた米国独自の中東和平案をようやく発表した。しかし、内容はと言うと、パレスチナ独立国家の樹立は認めるとしながらも、占領下のヨルダン川西岸入植地に対するイスラエル主権を容認し、両者が帰属を争う聖地エルサレムを「不可分のイスラエル首都」とするなど、イスラエル側の立場をほぼ全面的に追認している。土地を追われた数百万人規模のパレスチナ難民の帰還権も認めていない。

 換言すれば、パレスチナ側に屈従を強いる内容であり、国連総会決議などの国際的な合意も無視した今回のトランプ提案は和平案の名に値しないとの酷評が多く聞かれるのも当然だ。パレスチナ自治政府のアッバス議長は「世紀の屈辱」「エルサレムは売り物ではない」と強く反発し、親米派のサウジアラビアなどが加盟するアラブ連盟も、「パレスチナ人の最低限の権利と望みも満たしていない」とトランプ和平案を非難した。

 1948年のイスラエル建国以来、複雑な紛争の歴史を持つパレスチナ問題をめぐっては、中東和平の核心を成す国際的な外交課題との認識の下、米国の歴代政権が仲介役を任じて和平交渉が続けられてきたが、2014年に中断。トランプ政権は3年前の発足以降、米大使館のエルサレム移転や国連機関を通じたパレスチナ難民支援の打ち切りなど露骨なイスラエル偏重の立場を取り、自治政府側は一切の交渉を拒否してきた経緯がある。

 パレスチナ側が受け入れる余地がないことが自明の和平案発表をトランプ政権がこのタイミングを見計らって強行した背景には、政治的な思惑や打算が見え隠れする。まず何よりも、3月初めのイスラエル総選挙を控え、汚職疑惑などで政治的窮地に立たされている盟友のネタニヤフ首相への肩入れだ。中東和平案の発表が、訪米した同首相との首脳会談に合わせてセットされ、「世紀の取引」とことさらにアピールしたことにも見て取れる。案の定、イスラエル寄りの和平案はネタニヤフ氏の支持率上昇につながった。

 トランプ氏自身も11月に米大統領選を控えるが、和平案発表を現政権の「実績」としてPRし、親イスラエルなどの支持層の票固めに最大限活用する構えだ。歴代米政権が目指してきた「公平な仲介者」の役割を放棄してまでして、選挙対策に外交を利用するトランプ大統領の振る舞いが米国の信用をいかに損ねているか、「ディール・メーカー(取引の仕掛け人)」を自負するこの指導者は全く顧慮しない。ウクライナ疑惑で大統領弾劾を突き付けられたのと同様の外交私物化の構図が臆面もなく繰り返される。

 国際的な取り決めであるイラン核合意から一方的に離脱し、最大限の圧力をかけてイラン側の翻意を促すトランプ政権の外交手法が今回の偏向した中東和平案の押し付けでも浮き彫りとなった。気骨ある指南役を欠き、迷走を続ける米現政権の中東外交は積年の紛争・対立の解決につながるどころか、中東の混迷と分断を深めるだけだろう。

伊藤 努(外交評論家)

 

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