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 前事不忘 後事之師

第22回 天高く馬肥ゆる秋

 台北の故宮博物院に展示されている紀元前の中国の乗馬像

 10月に入り、朝夕も涼しくすっかり秋めいてきたこの頃です。テレビでも味覚の秋ということで、様々な秋の食材の話題が取り上げられ、私などは、医師から痩せることを勧められているにもかかわらず、あれが食べたいこれが食べたいと日々考えています。小学校か中学校の時だったか忘れましたが、そんな秋を表現する「天高く馬肥(こ)ゆる秋」という言葉を習いました。天空が澄みわたり、高く感じられ、馬も食欲を増し、肥え太るという意味です。とても牧歌的で、実りの秋の収穫を得て、人も馬も平和に暮らす秋のイメージです。東京、お茶の水の湯島聖堂で開催されている「斯(し)文会(ぶんかい)」の公開講座で講師をされている防衛大学校名誉教授の水野実先生によれば、この言葉は元々、中国に由来し、著名な唐の詩人である杜甫の祖父、杜審言(としんげん)の「蘇味道(そみどう)に贈る」という詩中の一句、「雲浄(きよ)くして妖星(不吉な星)落ち、秋高くして塞馬(さいば)(中国北方の辺境地域の馬)肥ゆ」が出典と目されるのことです。

 ところが、水野先生から、この「馬肥ゆる秋」の意味がかつての中国では、全く異なっていたことを教えていただき、とても驚きました。中国の漢の時代の歴史書である『漢書趙充国(ちょうじゅうこく)伝』には、「秋に至り、馬肥ゆれば、変必ず起こらん」との表現があり、肥え太った馬は、変(事変)の生起を予感させる警告の象徴だったようです。また、同じ漢書の『匈奴(きょうど)伝』にも「秋至れば馬肥え、弓勁(つよ)く、即ち塞(さい)に入る」との言葉があり、これも秋になると騎馬民族の匈奴が肥えた馬に乗って攻めてくるとの警鐘とのこと。

 かつての中国での「馬肥ゆる秋」の意味を初めて知り、自分の無知を再認識するとともに、同じ東アジア圏に属し、文化的な類似性もあり、顔かたちも近い中国の人と私たち日本人とでは、同じものを見ても感じ方が全く異なることがあることを痛感しました。吉川英治の小説『宮本武蔵』でも、武蔵が開墾をしている法典ヶ原(今の千葉県の行徳付近)で、秋になると「土(ど)匪(ひ)」という山賊集団が村の収穫物を略奪しにくる話が出ていますので、日本でも収穫の秋は、かつては危険だというイメージがあったのかもしれませんが、日本の秋は実りの秋、芳醇(ほうじゅん)な秋というのが一般的な印象ではないかと思います。他方、中国の歴史は、騎馬民族との抗争史であり、かつての中国人にとっては、秋は「恐怖の秋」だったようです。

 私たちは、人も国家も、「白紙の上に絵を描く」ように何物にも制約されずに合理的に行動できると考えがちですが、所詮(しょせん)、人間も国家も過去や歴史に捕らわれて生きていかざるを得ない存在だと思います。従って、人や国家の将来の行動を予測するには、過去の行動やその国の歴史を学ぶことが有益です。

 現在の我が国安全保障の最大の課題は、台頭する中国とどう向き合うのかということです。そのためには、単に今の中国の動向に目を奪われ、それに直線的に対応するだけではなくて、中国の長い歴史の中での彼らの経験や苦しみを知り、我が国とは異なる中国の世界観、その行動様式を深く理解し、冷静に対応する方策を練ることが極めて重要に思います。

鎌田 昭良(防衛省OB、防衛基盤整備協会理事長)

 

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