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 前事不忘 後事之師

第24回 「哲人皇帝」マルクス・アウレリウス

 マルクス・アウレリウス著『自省録』(岩波文庫)

 米国のマティス国防長官の愛読書が『自省録』であるという話を耳にしました。マティス長官は、海兵隊の軍人という経歴をお持ちになられる方ですので、過酷な戦闘場面で幾多の辛苦を経験されたのでしょう。そうした中で、『自省録』を常に手元に置き、自らの心の平安を確保し、誠実で良きリーダーになるための指針とされていたのではないかと想像します。

 この『自省録』は、古代ローマ帝国で「五賢帝」と言われた優れた五人の皇帝の最後、マルクス・アウレリウス(121年~180年)によって書かれたもので、皇帝としての多忙な業務に従事する傍ら、宮廷において、あるいは陣中において、心に浮かぶ感慨や思想や自省自戒の言葉を断片的に書き留めておいた手記です。二千年近い後の現在にまで伝えられ、「古代精神の最も高い倫理的な産物」と評されています。

 私は、愛読書と言えるほど精読していませんが、この中に好きな言葉があります。それはこういうものです。

 「事物は魂に触れることなく外側に静かに立っており、わずらわしいのはただ内心の主観からくるものにすぎない」「人生即主観」。

 マルクス・アウレリウスの騎馬像(塩野七生著『ローマ人の物語XI』から)

 これだけだと何のことだかわかりませんが、私流の解釈で説明すると、次のようなことです。「私たちの日々の生活には、いろいろな事が起こります。不幸に見える事柄もあれば、幸運に見える事柄もあります。しかしながら、生起する事柄自身は、人間の魂(心)の外側に中立的に存在して、事柄本来には良いとか悪いとかの性格はない、それを不幸とか幸運とか感じるのは、人間の主観、心だということ」「だから人生においては、主観(心の持ちよう)が大事」。

 現在社会において、私たちは、自分の周辺に起きる事柄に流され、一喜一憂して日々を過ごしていますし、また些細なことに腹を立てたり、パニックに陥ったりしていますが、そういう私たちの生活のありようにマルクス・アウレリウスは、警鐘を鳴らしています。そして、人間の心のうちに存在する叡(えい)智(ち)(指導理性)に従い、何ものにも動かされない「不動心」に到達するように自らを鍛え上げることが大事だと主張します。

 私は、彼が偉大だったのは、単なる思想家ではなく、ローマ皇帝として、真摯にまた誠実に自らの主張に沿うような実践をしたという点だと考えます。本当は、マルクスは、皇帝などにはなりたくなくて、哲学者として思索に耽(ふけ)る生活を望んでいたようです。『自省録』の言葉には、静かに自分を諭そうとするものが多いように見受けられますが、誠実に皇帝の職務を果たすことにより生ずる大きな精神的なストレスに打ち克とうとするマルクスの必死の姿が感じられます。

 ギリシアの哲学者プラトンは、哲学者に政治を委ねることが理想だと述べたそうです。マルクス・アウレリウスが皇帝になったことにより、それが実現しましたが、後世の歴史家の何人かは、彼の時代がローマ帝国の終わりの始まりだと言います。さらに、マルクスにとって、大きな汚点となったのは、彼の死後のことですが、彼の娘が皇帝となった自分の弟の暗殺を企てたり、皇帝となった息子があのネロと並ぶ稀(き)代(だい)の悪帝と断罪されたりしたことです。

 古代ローマの歴史について書いている作家の塩野七生さんは、「マルクスが傾倒した哲学は、(人間が)いかに良く正しく生きるかには答えてくれるかもしれないが、人間とは、崇高な動機によって行動することもあれば、下劣な動機によって行動に駆られる生き物でもあるという人間社会の現実まで教えてくれなかった」と書き、稀代の哲人皇帝に、厳しい評価を下しています。

鎌田 昭良(防衛省OB、防衛基盤整備協会理事長)

 

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