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 前事不忘 後事之師

第28回 専門家は不可欠だが… 政治的な視点と軍事的な視点

 トレヴァー・レゲット著『紳士道と武士道』(麗沢大学出版会刊)

 現代社会は全ての分野で分業化が進展し、各分野の専門家の知識や技能に頼らなければ、生活が成り立たない状況です。医学や科学・技術の分野はもちろんのこと、行政や文化・経済全ての分野に専門家がいて、社会を支えています。自衛隊にも多くの職種や職域があり、それぞれの分野に専門家がおり、それが全体として有機的に連携することによって、有効な防衛力となっています。

 しかしながら他方で、専門家に全てを委ねれば、社会や物事が上手くいくと考えることは、あまりに短絡的であることをある書物が教えてくれます。

 その本とは、トレヴァー・レゲット氏が書いた『紳士道と武士道』です。レゲット氏は、在日歴の長いイギリス人で、イギリスの紳士道と日本の武士道を本の中で比較していますが、その中に、「紳士とプロのちがい」というパートがあり、要約すると、こんなことが書かれています。

 イギリスでは、専門技術を生業とするプロ(専門家)は、専門外のことに目を向けることができない、融通がきかない人々と見なされ、高い評価を受けていない。例えば、犯罪の防止の方法について、専門家に聞くと、心理学一筋できた人は、「犯罪者は病人であるので、心理療法の施設を増やせ」と言う。教育者は、「犯罪者を矯正(きょうせい)する学校を増やせ」と言う。警察官は、「警察力を強化することによって犯罪を防げ」と言う。これらの人たちは皆専門家で、自分の領域外のことは考えもしないし、できもしない。

 イギリスで、こうした専門家の対極にいるのが「紳士」と呼ばれる人達で、彼らは、柔軟性と即妙の才に恵まれているとされている。即妙の能力はいかなる難題があらわれても対処できるから、紳士には専門技術は必要がなく、むしろ専門技術を有していることは軽蔑される。こうした能力を有する紳士の方が専門家よりずっと高く評価される。

 数年前、防衛大臣就任が決まったある政治家の方が記者から取材を受けて、「私は防衛について素人です」と答えて、当時のマスコミや野党から批判を受けたことがありました。発言によって、国民や自衛隊員に不安感を与えたとしたら、不適切だったかもしれませんが、私は、その時、防衛や軍事の豊富な知識を有した専門家でなければ防衛大臣は、本当に務まらないのだろうかと考えました。

 軍事の専門家の方が良いというなら、前の大戦において、日米開戦を決めた当時の首相が軍事の専門家たる軍人であったにもかかわらず、何故悲惨な敗北を喫することになったのでしょうか。

 プロシアの戦略思想家クラウゼビッツは、その著『戦争論』の中で、「政治的な視点を軍事的な視点に従属させてはならない」と明言していますが、この言葉は、戦争指導には、軍事的専門性を超える資質が必要であることを示唆しています。

 私は、その資質とは、安全保障環境や時代の流れについての〝大局観〟、施策の〝優先付け〟の能力、〝世論を洞察する能力〟といったものではないかと考えます。専門的な知識などについては、各分野のスタッフの助言を理解するに足る知的能力があれば十分であり、大局観なきリーダーがその専門性に固執することは、国家にとって危険でさえあると思います。

 前述した『紳士道と武士道』によれば、イギリスの実業界には、〝Havetheexpertontapnotontop〟という有名な格言があるそうです。「専門家は、いつでも意見を述べさせられるように手近なところにおくべきだが、意思決定する地位にはおいてはならぬ」という意味ですが、専門家の知見を活かしながら、大局観を見失わないこと、これがどの組織でも大きな課題だと思います。

鎌田 昭良(防衛省OB、防衛基盤整備協会理事長)

 

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