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 前事不忘 後事之師

第32回 書き手の意図を読み取る
         ―副読本『琉球・沖縄史』を読んで

 沖縄の高校の歴史教科書副読本『琉球・沖縄史』

 10年ほど前、沖縄防衛局に勤務していた時のことです。同僚の職員の一人が『琉球・沖縄史』というタイトルの、沖縄の高校で歴史教科書の副読本として使われている本を持ってきてくれました。読んでみると、そこに驚きの記述がありました。

 それは、我が国の明治政府が「沖縄の宮古・八重山の島々を中国に譲っても良い」という提案をしたという記述です。本の当該部分を私なりに要約すれば、こうです。

 沖縄、かつての琉球は、半独立国のような存在でしたが、1609年以降、薩摩藩の支配下に組み込まれ、明治に入り、沖縄県となりました。しかしながら、当時の中国の清国は、琉球が日本に帰属することを認めず、明治政府と清国との間で琉球がどちらに属するかという議論が起こりました。

 当時の米国前大統領グラントが仲介者となり、日清交渉が開かれます。明治政府は、琉球問題で事を荒立てるより、中国大陸の豊かな資源に目をむけたほうが良いとのグラントの助言を受けて、1880年、清国政府に、①沖縄諸島以北を日本領土とする。②宮古・八重山諸島を中国領土とする。③上記のことを認めるかわり、日本商人が中国本土で欧米諸国なみの通商ができるよう提案をします。

 日本の提案は、琉球問題を利用して、中国本土内での通商権獲得にあり、清国政府が承服できる内容ではなかったことから、紆余曲折はありますが、正式合意には至らず、その後、日清戦争で日本側が勝利すると、琉球の帰属問題も自然解決され、琉球は沖縄県として日本領土になります。

 私は、『琉球・沖縄史』に記述されているこの内容を日米関係の歴史を専門とする著名な歴史学者に確認しましたが、「事実」との答えでした。

 宮古・八重山の島々を中国に譲っても良いという今から見れば、信じられない明治政府の提案です。当初、私は、自分が勉強不足であり、重要な歴史事実を知らなかっただけだと考えました。

 しかしながら、その後、自衛隊の大幹部だった方も含め何人かに、この提案の存在を知っているか尋ねましたが、誰一人としてこの提案の存在を知っている人はいませんでした。そこで私は、「沖縄県以外の我が国の教育現場では沖縄の歴史についての重要な事実を教えていないのだ」と気づくに至りました。

 確認はしていませんが、沖縄県以外で使われている歴史教科書の副読本で上記提案を記述しているものは無いのではと推測しています。宮古島出身の友人に、「世が世なれば、あなたは中国人」とからかいながら、この提案について尋ねましたが、やはり知らないとの答えでした。沖縄でも、知られていない事実かもしれませんが、沖縄の歴史教科書の副読本で明治政府の提案が1ページを割いて記載されている事実は大きいと思います。

 私は、事実というのは、事象として存在するだけでは、事実にはならないと考えます。ある事象について書き手がいて、それが記述され、かつ人々に認識されて初めて事実になるのです。当然ながら、書き手にはそれを記述しようとする意図があり、その意図が書かれる内容に影響を与えます。

 上記の明治政府の提案について言えば、書き手は、「沖縄処分」という明治政府による沖縄併合の過程を明らかにしたいとの意図があったのでしょうし、他方、沖縄県以外の地域では、併合の過程を教育する必要性を感じなかったのでしょうし、もしかしたら、記述したくない事象だったのかもしれません。

 いわゆる「フェイク(偽)・ニュース」というのは問題外ですが、客観的報道を標榜するメディアの報道であっても、私たちは、書かれている報道内容を単に受け取るだけではなく、書き手の意図を読み取り、それを含めて事象を理解することが大事だと思います。

鎌田 昭良(防衛省OB、防衛基盤整備協会理事長)

 

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