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 前事不忘 後事之師

第43回 「迂直の計」
     ――迂回路(遠回り)を直路(近道)にする

 「迂直の計」を実践し、「桂陵の戦い」で魏軍を打ち破った斉の軍師・孫臏

 孫子の兵法に、「軍争篇」という篇があります。この篇は、戦いにおいて、主導権を握ることの重要性を述べた枢要な篇ですが、これまで難解とされてきました。

 軍争篇の冒頭で、孫子は「凡(およ)そ用兵の法は、(中略)軍争より難きは莫(な)し。軍争の難きは、迂を以て直と為し、患(うれ)いを以て利と為すことなり」と言います。難解なのは、この「軍争」という言葉の意味です。十代で藩主の御前で孫子を講義したと言われる吉田松陰による「孫子評註」の解釈も、しっくりいくものではありません。

 1972年に中国の山東省銀雀山の前漢時代の墓から出土した竹簡に書かれた孫子兵法を研究された東北大学の浅野裕一名誉教授によって、近年漸(ようやく)その意味が明らかになってきました。防衛大学校名誉教授の水野実先生は、軍には「陣取る」の意味があり、軍争とは陣取り戦のこと、その勝利には戦場への先着が必須となるとして、内容上から浅野先生の説に賛同して、「軍争とは戦場への先着争い」と解説しています。

 上述の孫子の言葉は「およそ軍(隊)を運用する方法として、戦場への先着布陣を争う〝軍争〟ほど難しい作業はない。軍争の難しさは、迂回路の遠い道を直進路の近道に変え、軍事上の不利益をその利益に変えることである」となります。すなわち孫子は、戦場に先着していれば、戦場の地形利用により種々の策略をしかけることができ、圧倒的に有利であるとし、想定される戦場への先着が難しい場合には、「迂直(うちょく)の計」で自分たちに有利になる場所に戦場を設定すべきと説きます。

 この「迂直の計」を実践したとされる戦いは、孫子の兵法の著者孫武の子孫とされる、斉の国の軍師であった孫臏(そんぴん)が魏の将軍、龐涓(ほうけん)を破った紀元前353年の「桂陵(けいりょう)の戦い」です。中国の戦国時代、趙の都の邯鄲(かんたん)が魏の将軍、龐涓に攻囲され、趙は斉に援軍を要請します。

 斉の将軍である田忌(でんき)は、援軍の兵を邯鄲に差し向けようとしました。すると、その軍師であった孫臏がそれを押しとどめて、魏の都である大梁を攻撃することを進言、田忌がその作戦を実行すると、魏の将軍、龐涓は邯鄲の包囲を解き、軍勢を大梁へと早急に戻しました。その行動を読んでいた孫臏は、疲労して駆けつけてくる魏軍を桂陵というところで待ち伏せし、さんざんに打ち破ります。

 この戦いのポイントは、既に敵軍が先着し、待ち構えている邯鄲を戦場とせずに、迂回したかに見せて敵の都を脅かすことにより、自らが先着できる桂陵に戦場を設定したことであり、これこそが、迂を直にする戦術です。

 この戦いは、「囲魏救趙(いぎきゅうちょう)」という諺(ことわざ)になっています。少し出来すぎの話に感じられますが、「迂直の計」の応用だと解釈できる作戦は、スポーツにおいても見ることができます。例えば、2000年代のある時期、スペインのサッカーチームのバルセロナは、ヨーロッパの最強クラブの一つでした。その理由は、チームにロナウジーニョという強力なフォワードがいたためです。時は2006年の8月、前シーズンのヨーロッパ・チャンピオンズリーグ覇者のバルセロナとUEFAカップの覇者のスペインのセビーリャとの間で行われた「スーパー・カップ」の一戦です。

 誰でも考えつくセビーリャ側の作戦は、ロナウジーニョを守備の得意な選手に徹底マークさせることでしたが、この時は違っていました。世界的なスーパー・スターへ守備型ではなく、攻撃型の選手を配し、積極果敢に攻め上がらせました。ロナウジーニョは、自らを突いてくる相手選手にプレッシャーをかけられて持ち前の攻撃力を発揮することはできず、試合の結果はセビーリャの3対0の完勝でした。ロナウジーニョに守備的な選手を配するのであれば、相手の土俵の上で戦うことになりますが、ロナウジーニョに守備をさせる形を作ることが出来れば、こちらが設定した土俵で戦うことができます。

 国の安全保障も脅威に備えることが仕事ですが、脅威となる相手に直線的・直接的に対応するばかりではなくて、時には自国が主導できる場所に戦場を移動するような戦略も考えるべきと考えます。

鎌田 昭良(防衛省OB、防衛基盤整備協会理事長)

 

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